タイトルは『ごくせん』なのに、
画像は違う小説(しかも読んだことない)。
でも、共通する点があります。
それは、「人生を好転するような先生との出会い」。
7月13日に、帰宅したら偶然テレビでやっていた番組。
『奇跡体験 アンビリーバボー』。
「夢をあきらめない〜35歳サラリーマンの挑戦〜」
という内容でした。
簡単に言ってしまえば、
26歳で四段に上がらなければプロになれない将棋の世界で、
特例として認められた35歳でのプロ編入試験を見事クリアした、
瀬川晶司さんのお話です。
好きなものは?と聞かれて「ドラえもん」と答えるような、
本当に普通の子供だった小学校時代。
担任の先生に、将棋が強いと褒められ、
「どんなことでも熱中すれば役に立つ時が来ます。
熱中できる人は幸せになれるよ。君は今のままで十分、大丈夫!」と励まされ、
瀬川さんは将棋に熱中していきます。
将棋でプロを目指すには、奨励会と言うところに入り、
26歳までに四段にならないと強制退会、プロになれないのです。
22歳で三段になったものの、それからが昇段できず、結局退会。
そこでプロの道が閉ざされてしまいます。
プロにもなれず、会社勤めをする気にもなれず、自分自身模索していた中、
自分を理解してくれていたお父さんが事故でお亡くなりになります。
その後は、子供時代共に将棋に明け暮れた友人が
アマチュアの将棋名人になったことも手伝って、
日本一強いアマチュア棋士として活躍していきます。
やはりプロへの道は諦めきれず、嘆願書を自ら書き、
特例として35歳で編入試験を受けることになるのです。
試験当日、プロ相手に負けてしまいます。
5戦のうち、3勝しないといけない、大事な初戦を落としてしまい、
気落ちする中、小学校時代の担任の先生から、ドラえもんのはがきが届きます。
書かれていた言葉は、「だいじょうぶ きっとよい道が拓かれます」。
そしてその後2勝して、見事プロの棋士になれるのです。
試験に合格して、瀬川さんは先生にお礼のお手紙を書きますが、
返事はありませんでした。
知り合いが、なぜ返事を書かないのかと先生に聞いたところ、
「瀬川君にとって自分は過去の人間。
そんなことに気を使うより他にやることがあるはずです。
夢を手にした後は、それを本物にするための辛さや苦しさがあるのだから」
と答えたそうです。
それを観て、ウルウル来てしまいました。
瀬川さんのことは知っていたけど、
その陰にこんな先生がいたということは、全く知りませんでした。
私が今まで出会った教師達は、サラリーマン教師ばかりでした。
生徒一人一人の個性 = 成績。そんな風に思えました。
今だからそういうことも分かるけれど、子供だったからそんなこと分からなくて。
尊敬できない教師に上手に媚びれるような、
要領のいい性格でもなかったですから。
そしてドラマ『ごくせん』。
周囲から問題児、不良扱いされる生徒達の個性を認め、
本気で付き合っていく教師のドラマ。
実際は、不良がみんな、こんなに性格のまっすぐなはずもないし、
リアリティとしては確かに薄いと思うけれど、
それでもあれほど人気だったのは、
そこに何らかの理想を見たからだと思うんです。
自分を認めてくれる教師がいて、仲間がいて。
豊かな人生を送れるのは、そういう経験を持つ人ではないのかと。
自分を信じて生きて行けるのは、そういう仲間を持つ人ではないのかと。
一番大切なものは、とても単純で、だからこそ美しいのではないのかと。
『ごくせん』に出てきた生徒達のその後があるとすれば、
それは瀬川さんに通じるものがあるように思えました。
瀬川さんも、先生のほかに、共に切磋琢磨できる友人がいた。
そのお友達は、自分がいなければ、瀬川さんは厳しい将棋の道に
進む事もなかったのではないか、と責任を感じたそうです。
でも、当の瀬川さんは、
このお友達に出会えて最高の人生だと思っているそうです。
そして瀬川さんには、こんな先生やお友達、家族に恵まれる、応援される、
ひたむきさや懸命さ、人徳があるのでしょう。
…で、これほど長々と書いて、何が言いたいのかと言えば。
素晴らしい! 羨ましいなあ!
あはは、これだけなんです^^;(長ーよ!)
(ISBN:4062133296 単行本 瀬川 晶司 講談社 2006/04/21 ¥1,575)
画像は違う小説(しかも読んだことない)。
でも、共通する点があります。
それは、「人生を好転するような先生との出会い」。
7月13日に、帰宅したら偶然テレビでやっていた番組。
『奇跡体験 アンビリーバボー』。
「夢をあきらめない〜35歳サラリーマンの挑戦〜」
という内容でした。
簡単に言ってしまえば、
26歳で四段に上がらなければプロになれない将棋の世界で、
特例として認められた35歳でのプロ編入試験を見事クリアした、
瀬川晶司さんのお話です。
好きなものは?と聞かれて「ドラえもん」と答えるような、
本当に普通の子供だった小学校時代。
担任の先生に、将棋が強いと褒められ、
「どんなことでも熱中すれば役に立つ時が来ます。
熱中できる人は幸せになれるよ。君は今のままで十分、大丈夫!」と励まされ、
瀬川さんは将棋に熱中していきます。
将棋でプロを目指すには、奨励会と言うところに入り、
26歳までに四段にならないと強制退会、プロになれないのです。
22歳で三段になったものの、それからが昇段できず、結局退会。
そこでプロの道が閉ざされてしまいます。
プロにもなれず、会社勤めをする気にもなれず、自分自身模索していた中、
自分を理解してくれていたお父さんが事故でお亡くなりになります。
その後は、子供時代共に将棋に明け暮れた友人が
アマチュアの将棋名人になったことも手伝って、
日本一強いアマチュア棋士として活躍していきます。
やはりプロへの道は諦めきれず、嘆願書を自ら書き、
特例として35歳で編入試験を受けることになるのです。
試験当日、プロ相手に負けてしまいます。
5戦のうち、3勝しないといけない、大事な初戦を落としてしまい、
気落ちする中、小学校時代の担任の先生から、ドラえもんのはがきが届きます。
書かれていた言葉は、「だいじょうぶ きっとよい道が拓かれます」。
そしてその後2勝して、見事プロの棋士になれるのです。
試験に合格して、瀬川さんは先生にお礼のお手紙を書きますが、
返事はありませんでした。
知り合いが、なぜ返事を書かないのかと先生に聞いたところ、
「瀬川君にとって自分は過去の人間。
そんなことに気を使うより他にやることがあるはずです。
夢を手にした後は、それを本物にするための辛さや苦しさがあるのだから」
と答えたそうです。
それを観て、ウルウル来てしまいました。
瀬川さんのことは知っていたけど、
その陰にこんな先生がいたということは、全く知りませんでした。
私が今まで出会った教師達は、サラリーマン教師ばかりでした。
生徒一人一人の個性 = 成績。そんな風に思えました。
今だからそういうことも分かるけれど、子供だったからそんなこと分からなくて。
尊敬できない教師に上手に媚びれるような、
要領のいい性格でもなかったですから。
そしてドラマ『ごくせん』。
周囲から問題児、不良扱いされる生徒達の個性を認め、
本気で付き合っていく教師のドラマ。
実際は、不良がみんな、こんなに性格のまっすぐなはずもないし、
リアリティとしては確かに薄いと思うけれど、
それでもあれほど人気だったのは、
そこに何らかの理想を見たからだと思うんです。
自分を認めてくれる教師がいて、仲間がいて。
豊かな人生を送れるのは、そういう経験を持つ人ではないのかと。
自分を信じて生きて行けるのは、そういう仲間を持つ人ではないのかと。
一番大切なものは、とても単純で、だからこそ美しいのではないのかと。
『ごくせん』に出てきた生徒達のその後があるとすれば、
それは瀬川さんに通じるものがあるように思えました。
瀬川さんも、先生のほかに、共に切磋琢磨できる友人がいた。
そのお友達は、自分がいなければ、瀬川さんは厳しい将棋の道に
進む事もなかったのではないか、と責任を感じたそうです。
でも、当の瀬川さんは、
このお友達に出会えて最高の人生だと思っているそうです。
そして瀬川さんには、こんな先生やお友達、家族に恵まれる、応援される、
ひたむきさや懸命さ、人徳があるのでしょう。
…で、これほど長々と書いて、何が言いたいのかと言えば。
素晴らしい! 羨ましいなあ!
あはは、これだけなんです^^;(長ーよ!)
(ISBN:4062133296 単行本 瀬川 晶司 講談社 2006/04/21 ¥1,575)
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